挫折は人を大きくする②

“自分に選択権のない人生は卒業しよう”

こう思った理由として娘達の卒業式を見ていてピンときたというのがあります。
「 会社を辞める = 挫折・失敗 」というイメージが付き纏います。

しかし “前の前の会社” では、社長からの冷遇時期をジッと耐え抜き、春を迎えるという見方をすることもできました。
最終的に取締役にはなれたかもしれません。
ですので「辞める理由」はなかったのです。
いまだに会長さんが下田はどうしているのかね?と、心配している発言があると仲間からも聞いていますしね。

結局のところ「自分の生き方」の問題であり、冷遇を耐えて普通に戻してもらったところで “マイナスからゼロに戻っただけ” なわけです。
これはヤクザとヤクザの女という例え話だと分かりやすいのですが、私の人間性まで疑われそうなので説明はまた後日に。

2017年1月。
年明け早々に私の部署を管轄している取締役から呼び出される。
あ、来たな、という感じ。
そして移動を通知される。

後から分かった事ですが、社長は部署移動させる気はなかったようだ。
この取締役が私を外したかったのは人事移動の内容で明らかだった。

3月
娘の卒業式を見ながら「そうか、俺も卒業だ!」と閃く。
耐え忍ぶことは学びかもしれないが、自分の生きていく術を学ぶ場として、そして自分のスキルを磨く場としては、もう学ぶことがなかった。
だからこそ「卒業」なのである。

そして”耐え忍ぶ” に関しては、卒業から手前2年間は十分そうしてきた。
冷静に見た場合、性格からして改革派なので経営陣から遠ざけられたという分析もしているが。

その頃までの私の目標は “前の前の会社の社長のような男になること” であった。それには経営を学ばなければそのような男になることはできない。

私の信念として「憧れるだけでは夢の達成はない」という言葉があり、やはり達成するには会社という籠から出なければ何も見えないと思う。

会社からの卒業式は、月例の幹部会で皆の前で挨拶する儀式であった。
(私のくだらんトークで笑いが起きたのが、どんな意味だったのかは分からんですが。)

とにかく、裏での悪口やあることないことを風潮した、一番仲が良いと思っていた同僚が「なんで辞めちゃうの?」と引きつった顔で言っていたのが、とても印象的だった。
やはり籠を出るのが正しいと思えた。

既に離職前年の夏頃から転売ビジネスを開始していて、知り合いだった会社社長に声をかけ、自分はこんなことを始めるのでバックアップしてもらえないか?と相談してあったので、晴れて自分のビジネスをスタートすることとなった。

しかし、スタートと同時にパワハラが始まるのである。

つづく

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